大判例

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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21842号 判決

原告

マルマンゴルフ株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

島田康男

右補佐人弁理士

【B】

【C】

被告

ダイワ精工株式会社

右代表者代表取締役

【D】

右訴訟代理人弁護士

山根祥利

原山邦章

近藤健太

右訴訟復代理人弁護士

勝田裕子

右補佐人弁理士

【E】

【F】

【G】

【H】

【I】

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億一〇九五万一五五〇円及びこれに対する平成八年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告がゴルフクラブのヘッドを製造した行為等が、原告の有していた実用新案権を侵害したと主張して、原告が、被告に対し、損害賠償の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告の実用新案権

原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた。

(一) 登録番号  第二〇一〇四一五号

(二) 考案の名称  ゴルフクラブのヘッド

(三) 出 願 日  昭和五六年七月四日

(四) 公 告 日  昭和六三年五月一八日

(五) 登 録 日  平成六年三月二三日

(六) 実用新案登録請求の範囲

「ソール部(1)を開口し、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させ、この突出させた分だけ、ネックボス(10)のヘッド本体(A)外部への突出長さを短くしたことを特徴とするゴルフクラブのヘッド」

2  本件考案の構成要件

本件考案の構成要件を分説すると、次のとおりである。

A ソール部を開口し、シャフトを取付けるためのネックボスを一端に有する中空のヘッド本体を、金属にて一体に形成し、

B 前記ネックボスの下端をヘッド本体の中空部内に突出させ、

C この突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした

D ゴルフクラブのヘッド

3  被告の行為

被告は、平成六年九月から、別紙物件目録一、1ないし5及び同目録二、1ないし5記載のゴルフクラブのヘッド(以下、順に「イ号物件1」ないし「イ号物件5」、「ロ号物件1」ないし「ロ号物件5」といい、イ号物件1ないし5をあわせて「イ号物件」、ロ号物件1ないし5をあわせて「ロ号物件」、イ号物件及びロ号物件をあわせて「被告各物件」という。)を製造、販売していた(ただし、前記各物件目録の「一、構成」のうち、主に、1、の「ソール部(1)は開口されており」、「クラブシャフトを取り付けるための」、2、ロ、の「クラブヘッド本体(A)の中空部に突き出しており」の点については、当事者間に争いがある。)。

被告各物件は、いずれも本件考案の構成要件Dを充足する。

二  争点

1  被告各物件は、本件考案の技術的範囲に属するか。

(原告の主張)

被告各物件は、以下のとおり、本件考案の技術的範囲に属する。

(一) 構成要件Aについて

被告各物件は、「クラブヘッド本体(A)は、中空でソール部(1)は開口されており、一方の端にはクラブシャフトを取り付けるためのネックボス(10)が設けられ、金属で一体に成形されている」から、いずれも、本件考案の構成要件Aを充足する。

(二) 構成要件Bについて

被告各物件は、ネックボス(10)の下部が「クラブヘッド本体(A)の中空部に突き出しており」、クラブヘッド本体の中空部を形成する上部壁から下方にネックボスが突き出ているから、いずれも、本件考案の構成要件Bを充足する。

(三) 構成要件Cについて

被告各物件は、以下のとおり、いずれも構成要件Cを充足する。

(1) 被告各物件は、いずれも、ネックボスの下部がクラブヘッド本体の中空部に突き出しているため、ネックボスがクラブヘッド本体の中空部を形成する上部壁から上方に突き出ている部分の長さは、ネックボスがクラブヘッド本体の中空部に突き出していない場合と比較して、その分だけ短くなっている。その結果、ネックボス全体が中空ヘッドの外部にある場合に比較して、ネックボスを中空ヘッドの内部に押し込んだ分だけヘッドの重心がソール側に下がり、それに応じてスイートスポットの位置が下方に移行して、打球面の中央に接近するという作用効果を奏する。

(2) 近年は、クラブヘッドの軽量化が要請され、中空金属ヘッドにおいては、比較的重量のあるネックボスの軽量化が求められ、ネックボスの全長を短くすることが要求される。他方、ネックボスはヘッドとシャフトを結合するという機能を果たさなければならないから、無制限に短くすることはできず、その結果、ネックボスの長さは、必要最低限度の長さへ集約される。

イ号物件3ないし5は、内部突出部分の長さがそれぞれ異なるにもかかわらず、ネックボス全体の長さはいずれも三五・二ミリメートルで同じであり、イ号物件1及びロ号物件2ないし5も、内部突出部分の長さがそれぞれ異なるにもかかわらず、ネックボス全体の長さはいずれも四一・二ミリメートルで同じである。また、各クラブヘッド毎にネックボスの全長が異なることは当然であり、このことは構成要件Cの充足性を否定するものではない。

(被告の反論)

被告各物件は、以下のとおり、いずれも、本件考案の技術的範囲には属さない。

(一) 構成要件Aについて

本件考案に係るゴルフクラブは、ソール部が開口されたままのゴルフクラブである。これに対して、被告各物件は、クラブヘッド本体のソール部にソール板が嵌め込まれて閉口されている。したがって、被告各物件は、本件考案の構成要件Aを充足しない。

(二) 構成要件Bについて

構成要件Bにおける「中空部内に突出」とは、文理上、ネックボスの下部がクラブヘッド本体の内部空間に突き出している状態を示すものであり、その一部がクラブヘッド本体の側壁と一体となる構成を含まない。

また、本件考案の平成元年四月一日付け手続補正書による補正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の考案の詳細な説明に示された、実施例に関する第1図においても、ネックボスの下部はクラブヘッド本体の内部空間に突き出しており、クラブヘッド本体の側壁と一体となっていない。さらに、本件考案の出願前公知である米国特許第三七五三五六四号の公報には、ネックボスの下部がクラブヘッド本体内にあり、かつその一部が、クラブヘッド本体の側壁と一体となっている構成が開示されている。

以上によると、構成要件Bにおける「ヘッド本体の中空部内に突出」には、ネックボスの下部の一部をクラブヘッド本体の側壁と一体形成した構造を含まないと解するのが相当である。

これに対し、被告各物件において、ネックボスの下部は、クラブヘッド本体のヒール部内壁に一体形成されている。

したがって、被告各物件は、構成要件Bを充足しない。

(三) 構成要件Cについて

本件考案の構成要件Cは、単にネックボスがクラブヘッド内に突出しているだけではなく、ネックボスの下端をヘッド本体内に突出した分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出部を短くしていることを要件としている。この要件の具備を判断するためには、基準となる長さがあることが必要であるが、原告はこの点につき、主張、立証を行っていない。

したがって、被告各物件は、構成要件Cを充足しない。

2  損害額はいくらか。

(原告の主張)

被告は、平成六年九月から平成七年一二月までの間に、イ号物件を三万五〇四八本、ロ号物件を八万〇三九七本、製造、販売した。イ号物件を使用しているゴルフクラブの単価は三万九〇〇〇円を、ロ号物件を使用しているゴルフクラブの単価は二万九〇〇〇円を下ることはない。また、本件考案の実施料相当額は、ゴルフクラブ単価の三パーセントを下らない。よって、被告の行為により原告が被った実施料相当の損害額は、合計一億一〇九五万一五五〇円を下らない。

39,000×35,048×0.03=41,006,160

29,000×80,397×0.03=69,945,390

41,006,160+69,945,390=110,951,550

(被告の反論)

原告の主張は否認する。

第三争点に対する判断

一  構成要件Cの充足性について

被告各物件は、いずれも本件考案の構成要件Cを充足しない。その理由は、以下のとおりである。

1  構成要件Cの意義について

(一) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲には、ネックボスの下端をヘッド本体の中空部内に「突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした」との記載があり、また、考案の詳細な説明欄には、「さらに、ネックボスの下端をヘッド本体の中空部内に突出させているから、その分だけネックボスのヘッド本体外部への突出長さが短くなり、」(本件考案の公告公報五欄一一行ないし一三行)との記載がある(甲二の一)。

ところで、「ネックボスについて、ヘッド本体中空部内へ突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さが短くなる」趣旨の記載は、文言からは、当然の事理を述べたもので、格別、技術的な観点から限定を加えていないように理解される。しかも、後記のとおり、本件考案は、公知技術との一致を前提として、新たに構成要件Cが付加され、その結果、ようやく登録された手続経緯を勘案すると、右のように理解する限りにおいては、本件実用新案登録に無効事由の存在することとなり、本件実用新案権に基づく請求は、権利の濫用に当たる可能性が極めて高いと思料される。

仮に、本件実用新案登録が有効であるように解釈するとすれば、構成要件Cは、以下のように解されるべきである。この点を詳細に述べる。

(二) 本件実用新案権の実用新案登録出願(以下「本件登録出願」という。)の経過は、以下のとおりである。

(1) 本件考案の出願公告時の明細書(以下「公告時明細書」という。)における実用新案登録請求の範囲1には、「ソール部1を開口し、シャフトを取付けるためのネックボス10を一端に有する中空のヘッド本体Aを、金属にて一体に形成し、前記ネックボス10の下端10aをヘッド本体Aの中空部7内に突出させたことを特徴とするゴルフクラブのヘッド。」と記載されていた(甲二の一)。

(2) 本件登録出願に対し、登録異議の申立てがされたため、原告は、平成元年四月一日付けで公告時明細書の一部を補正する手続補正書を提出し、右補正書で、実用新案登録請求の範囲1を「ソール部(1)を開口し、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させ、この突出させた分だけ、ネックボス(10)のヘッド本体(A)外部への突出長さを短くしたことを特徴とするゴルフクラブのヘッド」と補正した(甲二の二、六、乙六)。

ところが、右補正は明細書の実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものであるとして、平成三年四月八日付けで補正却下の決定がされるとともに、本件登録出願につき、本件考案は、実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案等の公知技術から、当業者が極めて容易に考案することができたものであることを理由に、拒絶査定がされた。引用例である実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書及び図面には、シャフトを取付けるためのネックボスを一端に有する中空のヘッド本体を金属にて形成し、ネックボスの下端をクラブヘッド本体の中空部内に突出させたゴルフクラブのヘッドが示されている。(甲六、七の一、乙一の一及び二、六)

(3) これに対し、原告は、審判請求を行い、原告の平成三年九月二七日付審判請求理由補充書において、「本願考案と引用例のものとを対比すると、第1引用例(実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案)のものは、シャフトを取付けるためのネックボスの下端をヘッド本体内に突出させた点で、本願考案と一致しております。しかしながら第1引用例のものはネックボスのヘッド本体から外部に突出する部分の構成は全く不明であり、本願考案の構成要件である、ネックボスの下端をヘッド本体内に突出した分だけネックボスのヘッド本体外への突出部を短くした構成については、何ら示唆するところがありません。したがって、第1引用例のものが、本願考案のような、ネックボス部のヘッド本体内部への移動によりヘッド重量を増減せずにその重心を下げることができ、またシャフトが先端しなりとなりボールを上げやすく高い弾道のボールが得られる、という効果を奏しないことは明らかであります。」と主張した(乙六)。

(4) 右審判については、平成五年一〇月二一日付けで、前記補正書による補正を認めるとともに、「本願の考案と引用例(前記第1引用例)に記載のものとを対比すると、・・・両者は、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させたゴルフクラブのヘッドである点では一致しているものの、本願の考案の、ネックボスをヘッド本体(A)の中空部(7)内へ突出させた分だけ、ネックボス(10)のヘッド本体(A)外部への突出長さを短くした点については、引用例には何ら記載されていない。」として、前記拒絶査定を取り消し、本件考案を登録する旨の審決がされた(甲六)。

(三) 右手続経過及び公知技術の状況、すなわち、①本願の考案と実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案とを対比すると、両者とも、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させたゴルフクラブのヘッドである点で一致していること、②原告自ら、実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案は、シャフトを取付けるためのネックボスの下端をヘッド本体内に突出させた点で、本願考案と一致することを認めていること、③本件考案の構成要件Cは、登録異議申立ての手続の過程で、新たに付加された要件であることに照らすと、構成要件Cは以下のとおりに解すべきである。

まず、構成要件Cを、その文言どおり理解すると、当然の事理を述べたにすぎず、技術的に何ら限定を加えていないこととなり、本件実用新案登録には無効事由が存在することになるといわざるを得ない。

そこで、本件実用新案登録に無効事由が存在しないように、構成要件Cを解釈するならば、技術的に何らかの意味のある限定をする必要性が生ずるというべきである。右の点を鑑みると、構成要件Cは、「その突出させた長さ分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした」という点に、技術的な意義があると解すべきであるから、ネックボス全体がヘッド本体外部に突出している場合と比較して、ネックボスの下端がヘッド本体の中空部内に突出している正にその長さだけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さが短くなっているという関係の存在することが必要であり、そうとすると、ネックボス全体の長さは、あらかじめ、所定の長さに定まっていることが必要であるというべきである。

2  被告各物件の構成と構成要件Cとの対比

そこで、被告各物件が本件考案の構成要件Cを充足するか否かを検討する。

別紙各物件目録添付の各図面については、当事者間に争いがないところ、右各図面によると、被告各物件は、ネックボスの下部が、クラブヘッド本体の中空部に突き出していると認められる。

しかし、被告各物件につき、基準となる各ネックボスの長さは明らかでなく、したがって、ヘッド本体中空部に突出しているネックボスの下端の長さの分だけ、ヘッド本体外部へ突出しているネックボスの長さが短くなっているという関係を肯定することはできない。

この点、原告は、「イ号物件3ないし5のネックボス全体の長さ、及びイ号物件1、ロ号物件2ないし5のネックボス全体の長さがそれぞれ同じである」また、「クラブヘッドの軽量化の要請から、ネックボスの長さは、必要最低限度の長さへ集約される」などと主張するが、原告主張の右各長さをもってクラブシャフトの取付部の基準の長さであると解することもできず、結局、原告の主張は採用できない。

したがって、被告各物件は、構成要件Cを充足しない。

二  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 石村智)

〈以下省略〉

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